令和7年11月30日 市町地車新調百八十周年記念曳行(午後曳行編 その2)

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今回の記事は前回の記事に引き続き「令和7年11月30日 市町地車新調百八十周年記念曳行(午後曳行編 その2)」です。馬場町の小屋を出発した後、西脇組、脊戸口町を訪問の様子をご覧ください。

予定より少し遅れて馬場町の小屋を出発しました。

大念仏寺前に到着しました。

大念仏寺に沿って南下しました。この写真で育和の祭人とわかればあなたは育和マニアです。

さらに南下して西脇組方向へ

魚谷食堂のところを右折しました。

西脇組がいつも制動テストする場所を通り

突き当りを左折しました。

小屋の近くで手打ちをしましたが、どうやら西脇組のだんじりは出ているようです。

芝建設の方に進みました。

芝建設に西脇組のだんじりが停まっており、その横に停めるようです。

ちょうど、だんじり2台が入るスペースです。ジャストサイズです。

だんじりの前で集合写真を撮りました。

しばらく休憩した後、手打ちをしました。

芝建設前で2台の合同曳行が行われました。

市町、西脇組の両若頭ががっつりと握手をしました。

市町は次の脊戸口町へ向かいました。

南海平野線の平野駅跡のところを右折しました。天王寺駅の端っこの19番20番ホームが南海線だった記憶があります。ちなみに阪和線は戦前は私鉄だったそうです。和歌山から大阪に物資を運ぶために国が買い上げて国鉄(現在のJR)になったそうです。天王寺駅のホームの高さが阪和線と環状線で違うのはこういう経緯があるからだとか

脊戸口町まで来ました。

いろんな町で近くで撮らせてもらってますが市町は人が前にいてもガンガン突っ込んでくるスタイルです。

前を担ぎあげました。

勢いで提灯が激しく揺れてます。

脊戸口町と合わせて、手打ちをしました。

2町の委員長と若頭の記念撮影

市町と脊戸口町の若中役員さんの集合写真

ここでもしばらく休憩となりました。

「午後曳行編 その3」へ続く

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