令和7年9月12日 岸和田祭り 試験曳き(武部/小門・貝源編)
今回の記事は前回の記事に引き続き「令和7年9月12日 岸和田祭り 試験曳き(武部/小門・貝源編)」です。堺町S字カーブで撮影した後は武部に移動しました。
ここでは紀州街道から武部を左折するやりまわしを後方から撮影することができます。1回目の試験曳きで撮影した旧日通前の対面になります。

藤井町のやりまわし

紙屋町のやりまわし

大工町

中之濱町

中町


南町

駅方向から下ってきた春木南

堺町のやりまわし

たしか昨年はこの時間帯に沼町と筋海町が並走で降りてきたので待っていたのですが、待てど暮らせどきませんでした。どうやら今年は塔原岸城線を下ってきたようです。
ということで撮影ポイントを移動しました。カンカン場を正面に臨めるところ、小門・貝源の少し駅側になります。既に敏腕カメラマンが狙っていました。

カンカン場をやりまわしをして小門・貝源を曲がらずに直進で上がってきた藤井町



タレハチになっていて、これくらいの位置にせなと修正されていました。

だんじりはカンカン場をやりまわししただんじりは必ずここを通ります。最近ちょっと気になっているのですがInstagramのタグで「小門貝源」とあるのですが、そもそも旧市に住んでいる人はそのような言い回しをするのでしょうか?北町交差点の大阪方向が小門、和歌山方向が貝源と明確に使い分けるのが一般的な使い方ではないのでしょうか?テレビ放送時に「小門」と「貝源」の地名を連続して発声した時に「こかどかいげん」と聴こえますが(実際にアナウンサーも勘違いでそう発声している人もいるように感じますが)、「こかど・かいげん」と微妙に区切って説明したのを誰かが勘違いして変わってきた気がします。カンカン場をカンカンと言うような同じような変化というか間違いのような気がします。
貝源方向にやりまわしをする紙屋町


北町


小門方向にやりまわしをする中之濱町


大工町


大手町


中町



南上町


「小門・貝源/紀州街道/疎開道編」へ続く