令和7年7月13日 平野郷杭全神社夏祭り(曳きだし編)

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今回の記事は前回の記事に引き続き「令和7年7月13日 平野郷杭全神社夏祭り(曳きだし編)」です。泉州で「曳きだし」と言えば、「宵宮の朝、これから曳き始めます」という時間帯を指しますが、ここ平野郷では「神社から曳いてでる」タイミングを指します。

大門前に並んだ各地区のだんじり

杭全神社境内では南鈴會と脇っ娘の「仁義なき戦い」が繰り広げられていました(笑)。本人曰く「ブレーキングダウン」だそうです。

本葬は皆さん仲良しなんです。

日付が変わり1時30分頃に最初の流町が帰っていきました。前年は最後に出たので3時くらいまで曳いていましたが、今年は神輿当番なので最初に帰って、早い目に曳行を終わります。

続いて野堂北組

3番目が野堂町南組

4番目 野堂東組、宮入り順と同じ順番に帰っていきます。

ご祝儀が出たようです。

前に乗ってる姫頭と姫頭補佐が

団扇をちょんちょんと合わせました。

5番馬場町。今年は若頭勇退の年でした。

7番 泥堂町

私は毎年泥堂町について帰ります。

歩道橋の上から。今年はあまり綺麗に撮れておらず残念です。前委員長と姫頭が親子で乗ってました。

まるで月を持ち上げたかのよう。月がおぼろ月じゃなかったらよかったのですが・・・

小屋前での遊び

だんじりの前には姫頭補佐たち

後ろはその下の幹部が乗っていました。

2時20分過ぎに小屋にだんじりが納められました。今年は泥姫が多く、例年以上の密集地帯

よい!よい!と大合唱

今年で引退する泥姫姫頭

たくさんの花束をもらっていました。

委員長のご挨拶

組頭で挨拶で締めました。

この後、記念撮影が行われました。それらの写真はまた祭人・祭華編で公開させていただきます。

今年の宮入り一番は流町ということで、流町にお渡り筋から同行したので、パンクしそうだった自転車は流町の小屋前に停めていたのでそれをとりに行きました。この時点でまだお囃子が聴こえていたので複数の町がまだ祭りをしているようでした。姫頭が引退すると聞いていた「西脇組」か「脊戸口町」に行こうかと思って自転車にまたがったところ、早々とタイヤがバーストしてしまい、押しながら移動しました。流町からの移動なので脊戸口町のほうが近くになるのでそちらに向かいました。残念ながら近くまで来た時点でお囃子の音が聴こえなくなったのですが、終了直後だったので人が残っていたので集合写真を撮りました。

脊戸嬢の集合写真

引退する姫頭と姫頭補佐

脊組の集合写真

脊戸口の祭人が道路を掃除していました。町を綺麗に戻すところまでが祭りといったとこでしょうか。曳行が終わったばかりのお疲れのところご苦労様です。

「祭人・祭華編」へ続く

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